1月の活動状況

花は梅。
花ことばは(高潔)、
災難を払う魔よけの意味があります。
また福寿草もあり
元日草といわれて
花ことばは(永遠の幸せ)です。

誕生石
ガーネット(ざくろ石とも呼ばれているようです)
宝石ことば
貞節・真実・貞操(忠実)・友愛
宝石からのメッセージ
あなたに忠実でいたい
変らぬ思い




閉校実行委員会 成人のお祝い 向島消防団団始式典
PTA新年の集い 愛護委員会 町会役員新年賀詞交換会
子供会新年の集い 町内美化運動 ニ中地区育成委員会
向島署母の会 神社新年会 西八町会新年会
向島署武道始め    








 新年明けましておめでとうござます。今年もまた、心新たな気持で町会活動が始まります。昔から一年の始まりは元旦にありといわれとています。1日の元旦、13日の成人式、21日町会新年会と、お祝い事の多い月です。浮かれて飲み過ぎないよう用心して下さい。
 今日13日成人の日は、朝から快晴で新成人を天気までがお祝いしているように暖かく、ここ何日か非常に寒かったので、なおさら快適だった。
 八広あずま町会では、新成人に記念のアルバムを一人ひとりの家庭を訪ねてお渡しして、10数年前から新成人をあおぎり集会所にお呼びして、町会の青少年部の事業の一環として、おこなっており、記念の個人個人の2ポーズの写真と全体写真の撮影を金山副部長が担当責任者として指示して、終了した所で、町会長から集まった皆さんにお祝いの挨拶や記念品(1,000円のクオカード)をお渡たししています。墨田区の町会の中でも、このように写真撮影までしている所は、ほとんどないのではないか。
 個々の写真と全体写真は広報部の吉野栄副部長が責任者として一人一人真剣にシャッターを切っていたが、本当にご苦労さんでした。この間、名前を呼ばれるまで友達と久し振りの再会を楽しげに、高笑いしたり、小突き合っていたり、すっかり童心に返ったようだ。又、出席した知り合いの役員と談笑したり、物おじもせず、さすが現代っ子「あっぱれ」だ。
 世間では、やれどこそでは、酒をのんだ勢いか群集心理か何やらで大暴れという新聞記事やテレビのニュースを見聞きするが、ここでは、そんな微塵も感じない。それよりも、この明るさは若さ故か、世相の暗さを吹き飛ばす元気な声を耳にして、たまには、こういう雰囲気を吸収するも「ああ、いいもんだ」と何か得をしたような気持ちで帰宅した。
 今回は該当者が29名だそうですが、出席者は19名(男16名、女3名)約2/3の出席だった。男女和服姿も居り、艶やかさを否応無しにふりまいていた。なお、時間に遅れて女子が来ましたが、すでに、解散してしまっていたので残念ながら記念撮影も出来
ませんでした。



 21日(火)午後6時より京成電鉄四つ木駅前の「玉子家」で、日興信金店長、西八町会役員などの来賓と町会役員80数名が出席して、盛大な新年会がおこなわれ会費は3000円。




七草粥

 春の七草を入れて炊いた粥を七草粥といい、正月7日に食べるならわしがあり、年中行事の一つになっている。七草粥の習俗は、古く万病を除くといい、正月の初めての子(ね)の日に、野山に出て小松をひき、若菜を摘んであつものにして食べた子の日の遊びに始まるという。正月7日を人日(じんじつ)とし、この日に7種の菜であつものをつくり、これを食べる風は、古くから中国でも行われており、その影響が考えられる。正月7日は、江戸時代には5節共の一つと定められ、若菜節、七種の祝、七種の節共などとよんだ。当日は将軍以下七草粥を食べ、諸侯は登城して祝儀を言上した。また、民間では、当日の朝七草粥を食べるほか、6日の夜から七種ばやしといい、小さな桶の上にまな板を置き、若菜を叩いて囃した。
 七草粥の習俗は現在も広い地域に行われているが、若菜を入れた雑炊を炊くところも多い。現今のように新暦の正月7日では、若菜の手に入らぬ土地も多く、この日使用する若菜も限られている。東北地方ではセリとタラの木の芽、和歌山県地方ではナズナだけを用いるが、新潟県ではニンジン、ゴボウ、ダイコン、クリ、串柿などにタラの木の芽を七草としている。京都北部地方では6日を若菜迎えと呼び、この日七草粥に必要な菜を用意し、6日の夜たたく。七草をたたくのは6日の夜か7日未明で、一般には「七草なずな、唐土の鳥と、日本の鳥と、渡りきらぬさきに・・・・・」と唱えてすりこぎ、または包丁で叩いてはやす。叩いた菜は粥に入れて七草粥とし、神に供え家の者も祝う。七草粥の唱え言は、豊年を祈る鳥追行事にも結びついている。



 

薮入り

 正月と盆の16日の奉公人が休暇を貰って遊ぶこと。明治初年の東京での小僧の薮入りには、松坂縞(まつざかしま)の綿入れに襦袢、小倉の帯に、ちぐさのももひき、白足袋に、晒しの下帯、手ぬぐい・雪駄(せった)扇までを一揃えとしてもらい、主人や内儀(おかみさん)からもらった小遣いと、ためておいた銭を合わせて持ち、こざっぱりした身なりで町に出たものである。
 奉公人たちは、各所の閻魔(えんま)堂に参拝し、また、薮入りを当てこんだ芝居や手品などを見物した。薮入りの語義については定説が無い。「薮」というのは草深い所の意で、キから草深い村落に帰る意味であるとか、一人ぼっちで行き所の無い奉公人や、郷里の遠い者などが「薮林(そうりん)」(寺のこと)に入って遊んだのが始まりであるとか、帰る家のない者は薮にでも入っているほかないからなどといわれているが、いずれも採るに足りない。
 薮入りの語が先にあって、後にこじつけてつけて説明したに過ぎない。しかし、薮入りいのならわしは、これら都会風の商家の間に発達した形ばかりではない。広い地域にわたって、薮入りには嫁が里帰りするものであり、長崎県の西彼杵(にしそのぎ)半島の村々などでは、正月と盆の16日は、山の神が付近を歩くので、それに合わぬように山仕事も休み、家にこもっているものとする。休み日はいうまでもなく常の生産行為をしない日で、働くためには誰しも休日を必要とするが、特に正月と盆の16日を選んだ事には意味がありそうである。すなわちこれらの日は、1年を折半した月の、それぞれ満月の次の日で、年中行事の中でも重要な祭日であったのではないのか。恐らく薮入りの日は、もとは大切な先祖祭の日で、かたずいた娘も他郷に出た人も、親元へ帰って家に慎んでいるところから、仕事をしない休み日となり、さらには奉公人にみられるような都会風の薮入りとなったものと思われる。





春の七草

 春の若菜のことで、、古歌に、「せりなずな、ごぎょうはこべら仏の座、すずなすずしろこれぞ七草」とよまれている。
 ゴギョウはハハコグサ、ハコベラはハコベ、仏の座は今のホトケノザではなくコオニタビラコ、
スズナはカブ、スズシロはダイコンのことである。
 春の七草は古くは一定せず、さまざまな若菜の菜が挙げられている。秋の七草が見て楽しむものであるのに対し、春の七草はこれを入れて炊いた粥を七草粥といい、正月7日に食べて、長寿と幸福を祈る習わしがあり、ねんちゅうぎょうじのひとつになっている。

セリ(芹)春の七草の一つ。全草に香りがあるセリ科の多年草。溝のほとりなどの湿地に普通に生じ、日本列島のほか中国大陸、インド方面に広く分布する。全草に毛が無く、高さ30p以上に達し、茎には稜があって下方が長く泥の中をはう。葉は互生し、三角状の卵形で、1〜2回羽嬢に切れこみ、小烈片は狭い卵形で、先がとがり、縁には不整のきょ歯がある。7〜8月頃、茎の上部の葉に対生して、枝分かれした散形花序を伸ばし、白い小さな5弁花が集まって咲く。花が済めば、楕円形で長さ2.5oばかりの果実が出来る。冬から春にかけて若い苗をつんで食べる。また泥の中の節からでる長い根も根ゼリと呼んで賞味する。また多量に水田に栽培して市場に出す。

ナズナ 白い4弁花が咲くアブラナ科の1年草。古くから春の七草の一つとして知られ、若葉を摘んで食べる。花茎の高さ30pばかり、羽状に深く切れた葉を互生し、もとのほうが耳形で茎を抱き、根生葉を地面に平らに敷く。春、茎の頂きに総状に、細長い柄のある多数の花が着き、下の方から順に上の方に咲きあがる。果実は平たい倒三角形で、三味線のばちに似ているためぺんぺんグサの別名がある。日本列島のほか、北半球の温帯地方に広く分布する。

ゴギョウ(ははこぐさ)日本の畑、田、人家の付近の野外に普通に見られるキク科の越年草。茎は基部から分枝して高さ20〜30pになり、全草に白色の綿毛が密生しているので緑白色に見える。葉は披針状へら形で、互生する。春から初夏に黄色の頭花を開く。花に雌花と両性花があり、果実には、黄白色の冠毛がある。東アジアに広く分布する。春の七草の一つでオギョウ(ごぎょう)といわれるものである。ホウコグサというのが正しいが、それが転じてハハコグサとなり、『母子草』の字があてられ、今ではこの方が通用するようになった。この葉を餅に入れて「草もち』を作る。

ハコベラ(はこべ)春の七草の一つとして古くから知られるナデシコ科の越年草。一名ミドリハコベ。日本全土に最も普通な雑草の一つで、アジアからヨーロッパに分布する。よく枝分かれして大きな株になり、茎の高さ30pばかり、下部がはい、上部は傾上して柔らかく、縦に一条の毛がある。葉は茎の下方のものに長い柄があるが、上部のもの柄がなく、広い卵形で長さ2〜3p。早春から白い小さな五弁花が集散形集まって咲き、花弁は5枚あるが深く2裂するため10弁のように見え、がく片と同長または少し短く、花心に6〜10本の雄しべと3本の花柱がある。花の柄は、花が終わると次第に下を向き、果実が熟す頃にはまた上を向く。若い茎や葉を侵し物、和え物などにして食べる。よく似たコハコベは、全体として小形で茎は暗紫色をおび、節の間が短く、雄しべが1〜7本ある。

ホトケノザ(仏の座) 本州、四国、九州の道端や田などに極普通に見かけるシソ科の1、2年草。高さ20〜30p、下部で枝を分けて茂り、葉を対生する。葉はやや円形で、下部のものは柄があるが、上部のものは柄がなく基部が互いに接して茎を抱いている。4〜5月ごろ、上部の無柄の葉液から花を出す。花冠は淡紅紫色、くちびる形であるが筒部が長く、葉液から突き出すように立つ。アジア、ヨーロッパ、北アフリカに広く分布する。

スズナカブ=蕪)根を食用にするために栽培される。アブラナ科の2年生草本。染色体数は10.ヨーロッパ及びシベリアの半温帯地方の原産。柔らかく、僅かに剛毛を有する、長楕円形又は倒卵形の根生葉を群出する。根は肥大し多肉多汁で、概して白色扁球形であるが、球、円筒、円錐、ナシ形のものもあり、色も黄、紫赤、灰白、黒色などのものもある。春、抽薹(ちゅうたい=花茎が出ること)して総状花序をつけ、4月上旬〜下旬にかけて黄色の花を開く。花器、種子の形状は白菜、漬け菜など染色対数n=10のナ類に似ており、これときわめて交雑しやすい。日本でも昔から栽培され、大カブ、小カブの2種類があり、品種も多いが、現在の主要品種は200〜300年前すでに記載されている。ヨーロッパの飼料用カブはナプス種B.napusに属していて、これとは異なる。冷涼の気候を好み、耐寒性が大きい。早採栽培には砂質壌土、晩性大形種には粘土壌土が向くが、過度の乾湿をきらう。有機肥料を基肥とし、人糞尿、無機肥料を追肥する。大カブは8、9月蒔き、10〜11月収穫、小カブは周年栽培できる。根部を塩づけ、粕漬け、煮物にし、また、茹でて、ゴマ味噌をかけてカブのふろふき、ホワイト・ソース和えなどに調理され、葉部も生食されている。

スズシロ(ダイコン=大根)アブラナ科に属する越年草本で、一般に根は多汁、多肉、長大で、白色のものが多いが、紅、紫や黒のものもある。境界は判然としないが、根の最上部は茎であって、そこから葉が群出している。葉は普通羽状に分裂し、数対の裂片と大きな一つの頂片からなる葉身があり、いずれも欠刻状の歯牙縁を有し、茎葉ともに細粗毛がある。春季1bくらいに茎が伸び、総状花序をつける。花は小花柄を持ち、白あるいは淡紫色の花弁が4枚、6本の四強雄ずい、1本の雌ずいと、花糸の基部に小腺体がある。果実は4〜6pくらいの細長閉果で、数個のくびれがあり、そのくびれの中に赤褐色の扁平球状の種子が1個ずつ入っている。種子は18℃では3日で発芽し、その後の生育適温は23℃以下といわれ、また低温に対する感応性は敏感で、13℃以下にさらされると花芽が分化する。
分布・歴史
 原産地については、異論もあるが、だいたい中央アジアではないかといわれている。ヨーロッパには変種ラディックラ.s.var.radiculaに属するハツカ(二十日)ダイコン、変種マヨル R.s.var.majorのセイヨウダイコン、変種ニゲルR.s.var.nigerのクロダイコンが分布しており、インドにはさや用のカウダトゥス種R.coudatusと根用のインディクス種R.indicusが、東洋には根用の変種ラファニストロイデスR.s.var.raphanistroidesと油料用の変種オレイフェルR.s.var.oleiferがあるとされている。その他いくらか型の異なる中形で澱粉含量の多いシナダイコンが中国北部とモンゴルに分布している。日本のダイコンは恐らく変種ラファニストロイデスに属するものと考えられる。日本での栽培の起源はつまびらかでないが、上古から栽培はあった模様で、8世紀には『おおね』という名が使われており、「延喜式」には栽培のほかに利用についても記載されている。日本のダイコンの著しい特徴は、世界でも最も大形であることと、元来冷涼な気候を好む作物であるのに、日本の場合は生態的分化が盛んで、気温適応性の幅が広く、品種が多彩に発達して、関東以南では周年供給が成り立っていることである。
品種
 日本のダイコンの品種成立は、それぞれ複雑な過程を経ているけれども、血統関係や栽培適応性などから、だいたい16群に分けることができ、また各群に包含される主要類似品種は、四十日、みの早生、練馬、方領、守口、白上り、宮重、阿波、聖護院、地大根、女山、桜島、春福、四月、二年子、赤大根である。
栽培
 おもな基本栽培型は次の4通りに要約される。そしてその土地の環境と品種との組合せによって周年供給が成り立っている。
 ●春まき栽培 3〜4月に種まきして5〜6月収穫する方式で、従来から抽薹のおそい「時なし」が用いられていたが、「時なし」は品質が悪いので、初期用には「亀戸」防寒して栽培し、末期用には「四十日」、「みの早生」の不抽薹系を用いる場合も多い。
 ●夏栽培 7〜10月収穫を目標とするもので、耐暑性の強い「みの早生」が用いられ、系統を選んで5〜8月に種まきされる。
 ●秋まき栽培 栽培の最適期であるから、「練馬」、「宮重」、「聖護院」などの諸群の品種が、出荷用はもちろん、たくあん、切干しなどの加工用としても栽培され、暖地では「三浦」、「女山」、「桜島」などを、やや遅まきして、3月ごろまで収穫を続ける栽培が成り立つ。
 ●春どり大根 最も抽薹しがたく耐寒性の強い「春福」、「四月」、二年子」などの諸群の品種を用い、10〜11月にまいて、翌年3〜5月に収穫する栽培型である。
病害虫】現在最も致命的な病害としては、モモアカアブラムシ、ニセダイコンアブラムシが媒介するといわれているビールスのほかに、葉脈が黒変し、根に空洞のできる黒腐病、葉の表面に斑点の生ずる黒班病、根冠が水浸状を呈して、ついで中心部が軟腐消失する軟腐病などがある。害虫としては生育初期のヨトウムシ、アオムシ、キスジノミムシの被害が大きい。
調理】ダイコンの成分上の特徴としては、根部に多量のジアスターゼおよびビタミンCを含有し、さらに葉部にビタミンAが多く、100g当たり3000IUを含有していることがある。ダイコンの辛味成分は硫化アリルであって、生食する場合の風味の特質であるが、熱に弱く、わずかに、熱すれば辛味は消失する。ダイコンは四季を通じて産出され、晩秋に出るものが最もうまい。淡味でしかも甘味があり、昔から一般に広く愛用され、生食、煮食、切干し、塩づけ、味噌漬などとして食べる。かってダイコンによる食中毒はなく、へたな役者を「大根役者」というのは「あたるためしがない」ところからきたものという。ダイコンの根部にはジアスターゼとビタミンCを多く含有しているが、これらはいずれも熱に対して弱いもので、ダイコンの特徴を発揮する最も好適な調理は、生食の「ダイコンおろし」と「なます」である。ダイコンおろしは単一でも用いるが、ときに「おろしもち」に、「あえ物」としてナマコ、ちりめんざこ、子エビ、カキなどとあえて用いる。しかし、大衆に親しまれる食物だけに、いろいろの調理に使用され、「ふろふきダイコン」、「おでん」、「ダイコン飯」に、また切干しダイコンをさらに加工して「はりはりづけ」とする。とくに漬物として「たくあんづけ」は世に広く用いられ、葉もまた塩づけ、ぬかづけ、浅漬けとして食べる。ビタミンCの供給源として人口栄養の乳児に生ダイコンの搾汁を牛乳に混じて用いる。なお、ダイコンは日本ではもっぱら人間の食料であるが、欧米では家畜の飼料として広く用いられている。

秋の七草

秋の七草は『万葉集』に山上憶良が「秋の野に咲きたる花をおよび折りかきかぞふれば7種の花」、萩の花、尾花、葛花、なでしこの花、おみなえし、また、藤袴、あさがほの花とよんでいるところから人々に印象づけられている花である。それは春の七草に対比されるが、春の七草が1月7日に7種の菜をいれた粥を炊いて食べ、長寿と幸福を祈るのに対し、秋の七草は見て楽しむものであり、これに伴う習俗も7種の花を一緒に神に捧げるというような行事は少なく、一つ一つの植物が別々の神の祭祀に関係を持っている。

 
は、江戸時代8月15日に元服を行う風習があり、その時月見といってミヤギノハギの枝にダンゴを刺して食べる風習があった。

 
尾花は、ススキのことである。関東地方では、やはりダンゴを名月に供えるとき、これを花瓶に差してそなえている。また、村々の秋祭りにススキの花をささげる風習は各地に見られる。

 
は、マメ科の花、その根からクズ粉をとる。

 
ナデシコは、トコナツともいう。「はやり正月」(不幸の多い年は夏に、もう一度正月をする風習があった)に、この花を飾って祝うことがあった。

 
オミナエシは鑑賞が主であり、中・東部日本では名月に供える風習がある。

 
フジバカマも鑑賞が主である。香気があるのでトイレにつるすところもある。

 
アサガオについてはムクゲ、ヒルガオまたは今日いう朝顔にあたるという諸説もあるが、キキョウ説がが最も有力である。キキョウは盆花の一つで、ミソハギ、オミナエシなどとともに盆の仏を迎えるために盆棚に飾った。








大相撲(初場所)