3月の活動状況








幹部会  西八町会吾嬬西公園供養祭  二中音楽発表会 
緊急幹部会  神社屋根修築安全祈願祭  二中卒業式 
役員会  旧第5吾嬬地区防災拠点会議  八広小学校卒業式 
神社幹部会     
尚、リサイクル活動は第2・第4木曜日、防犯パトロールは第1・第3火曜日に実施   






 



 寒さの厳しかった2月も終り、春らしさを感じ始めた矢先に、3月11日午後2時46分東北地方太平洋沖地震が発生し、東京をはじめ東日本は大ダメージに接した。特に宮城・岩手・福島は大津波に見舞われ成す術もなく失ってしまった。この八広でも初めて味わう揺れで、その揺れも5分以上も続き、この世の絵地獄を夢見ているような様にただただ足がんでたじろいてしまった。

 時間が経ち放送局のテレビに映し出されるリアルタイムな津波の押し寄せる映像には、しばし言葉が出ない。築かれていた堤防も呆気なく乗り越え家屋をのみこみ、そのエネルギーたるや想像を絶するもので、200キロ以上も離れたテレビの映像に怖ささえ覚える。宮古・釜石・気仙沼・リアス海岸に面した市町村はほぼ壊滅状態の映像には大型の漁船が港から4、5キロも上陸し大破した小型漁船に混じって散在し、民家や工場・商店は跡形も無く、ただの藻くずと化して、鉄筋コンクリートの家屋が数棟残るだけのノッペラボウ状態。

 地震の被害というよりかは大津波に全て破壊されてしまったという印象が強い。夜になると、転覆した大小の船や油槽タンクの倒壊流出による燃料油が、海水に混じって壊れた家の流木に火が点き、夜通し燃え一部は陸にも上がり山火事ともなってしまった。

 今回の東北地方太平洋沖地震は、大津波も甚大な被害を引き起こし、電気や水道、ガスといったインフラはもとよりガソリンも灯油も、云うに及ばず、被害に遭わなかった高台の学校や公共施設、一般住宅に身を寄せている。道路が遮断され物資が思うように届けられず、一部には救援物資も山と積まれるという事態も発生し、そのもどかしさにひもじさと寒さが労しい。

 福島第1原発も地震と大津波で、破壊による影響でアメリカのスリーマイルドや旧ソ連のチェルノブイリなどに匹敵、否それ以上かもしれない1号機・2機・3機・4機と次々と爆発し、冷却温度を下げるために放水、建屋の水素爆発、漏れる放射性物質、避難勧告、農作物汚染、東京を初めとする各地の水道水汚染、発電所周辺の汚染水など数え切れない事態に見守っていた世界中が、スワ一大事と動き出し、原子力発電所の事態収拾に最大の関心が移ってしまった。

 それでも遅まきながらインフラも徐々に回復傾向だが、日本がんばれと国民には一致団結という気持ちが芽生え始め、我慢をしながら活気ある日本復活を目指し計画停電にも応じ、日々その成果が人々の顔にも表れ不自由な中も一路の光が差し込もうとしている。3月の時点では原子力発電の将来像は見えてきていない。









街の掲示板のポスター