冷夏

 




 この夏、東京・大手町の気象庁天気相談所に抗議電話が殺到した。夏の気温を「平年並みか高め」と発表した6月の3か月予報が大きくはずれたからだ。同庁は3月からスーパーコンピューターを導入し、精度を高めたはずだった。それでも、記録的冷夏は予測できなかった。

 3か月予報は毎月下旬に発表されている。7―9月の3か月予報を同庁が発表したのは6月25日。気温については、「北日本(北海道、東北地方)で平年並みか高く、その他の地域は高い」だった。

 気象庁で、1か月以上の長期予報を担当する予報官は4人。昨年までの3か月予報は、過去の天気図から似た形を選び、周辺の気候状態などと照らし合わせ、予報官が話し合って予測していた。だが、その的中率は2000年までの11年間の平均で39%。精度を上げるため、同庁は1996年から、1か月予報にスーパーコンピューターを使った「数値予測」の手法を導入。今年3月からは、3か月予報にも取り入れた。

 数値予測は、世界中の観測点1万8000か所と、その上空5万5000メートルまでの合計1024万か所について、気温、湿度、気圧などの観測結果をスーパーコンピューターに入力し、90日後までの数値を予測させるというもの。

 ◆精度44%◆

 観測に誤差が生じることを見越し、幾通りかの数値で計算するため、最終的に31通りの予測結果が算出される。予報官はコンピューターが打ち出した31種類の折れ線グラフと、過去の天気図を参考にしながら、予報を決定する。この方法だと、実験段階での予測精度は44%。5ポイント向上したことになる。

 今回は6月15日の観測データをもとに、7―9月の予報を算出。折れ線グラフの中には、平年より4度以上低いものもあったが、多くは平年並みかやや高めの気温。コンピューターの答えは「暑い夏」だった。

 実は、気象庁は5月に出した3か月予報(6―8月)で、北日本の7月を「気温は平年並みか低い」と発表していた。しかし、6月になって、全国的に気温が上がったため、予報は修正された。予報官の1人は「予報はコンピューター頼みではない。どのグラフを採用するかは我々の判断。近年の高温傾向もあり、まさかこれほど冷夏になるとは考えなかった」と話した。

 ◆農家は「あてにせず」◆

 気象庁の長期予報は、東北地方の冷害対策として1942年に始まった。しかし、現在、長期予報をあてにしているという農家の声はあまり聞こえてこない。

 山形県の農家は「冷夏傾向と言われれば、熱心な農家は田に水を多く張ったりするかもしれないが、もっと精度が高くならなければ参考にできない」と話す。弘前大の卜蔵(ぼくら)建治教授(農業気象学)も「長期予報を使うのは県の農業改良普及員ぐらい。一般農家は気にしていない」と指摘する。

 だが、長期予報を頼りにしている業界もある。電力会社や大手家電販売店などだ。予報を参考にして、エアコンなどを昨年並みに仕入れ、多くの在庫を抱え込んだ店が続出した。

 ◆偏西風蛇行が原因か◆

 冷夏は特に東北地方で顕著だった。仙台市では、7月の平均気温が18・4度と観測史上最低を記録。7、8月で最高気温が30度を超える「真夏日」は4日間しかなかった。また、7月の日照時間も平年の4分の1にとどまった。

 日本の冷夏に対し、欧州は記録的な猛暑となった。これらの世界的な異常気象は、偏西風の蛇行が原因とみられている。

 日本の北方には、強い勢力のオホーツク海高気圧が現れ、北半球の中緯度をぐるりと回る偏西風を蛇行させた。この蛇行で高気圧はそのまま居座り続け、北日本に「やませ」と呼ばれる冷たく湿った北東風を吹き込ませた。これが冷夏の原因だという。

 欧州でも、移動性高気圧が偏西風の蛇行によって停滞し、記録的な猛暑が続いたという。